古典的条件付けの基礎

犬の学習原理を理解する上で欠かせないのが古典的条件付けです。
刺激と反応の連合を基盤に、犬は日常的に「期待」「恐怖」「安心」を学んでいきます。
本章では定義や歴史的背景を整理し、現場で活用できる視点を提供します。
実際のドッグトレーニングの現場でも、この古典的条件付けは多くのケースで活用します。
今回は現場のケースも含めて解説していきます。
重要ポイント
- 古典的条件付け=刺激と反応の連合学習
- 無条件刺激(UCS):生得的に反応を引き起こす刺激(例:フード)
- 無条件反応(UCR):学習不要で生じる反応(例:唾液分泌)
- 条件刺激(CS):学習により意味が付与される刺激(例:ベル音)
- 条件反応(CR):CSにより誘発される学習された反応
- パブロフ(1903)が実験で体系化
- 行動学の基礎であり恐怖学習や脱感作にも直結
実践手順(例:ベル音とフード)
- 無条件刺激(フード)を準備
- 条件刺激(ベル音)を0.5秒先行で提示
- CS提示直後にUCSを与える
- 1セッション=10試行、所要3分
- 1日2〜3セッション、週3回
- 成功率80%(ベル音のみで期待行動)を基準に段階アップ
注意点・リスク管理
- 犬がストレスサイン(あくび、耳伏せ)を示したら即中断
- 成功率50%以下は刺激の強度・距離を調整
- ※LIMA原則に基づき、罰や嫌悪刺激は使用しない
- 感受性の強い犬では刺激強度を極小から開始
※LIMA原則とは、国際的に認められている動物トレーニングの基本理念で、行動介入の際に「最小限の侵襲性で、効果的かつ動物福祉を守る方法を選ぶ」ことを指します。
1. 定義
- LIMA = Least Intrusive, Minimally Aversive
日本語で「最も侵襲性が低く、嫌悪性が最小限」という意味。 - 国際的なドッグトレーナー協会(IAABC、APDT など)が採用している倫理ガイドライン。
2. 原則の中身
LIMAは単なるスローガンではなく、行動介入の優先順位を明確に示しています。
- 動物の健康・福祉の確認
- まずは獣医師と連携し、痛みや病気が原因でないかを排除。
- 環境調整
- 問題行動の原因が環境にないか確認(騒音、刺激過多、運動不足)。
- 強化ベースの介入を優先
- 望ましい行動を「陽性強化(ご褒美)」で増やす。
- 望ましくない行動は「無視」や「強化を与えない」で減らす。
- 嫌悪刺激は最小限かつ最後の手段
- 体罰、ショックカラーなどは原則使用しない。
- どうしても必要な場合は、獣医・行動学専門家の監督下で限定的に。
3. 実務での適用例
- 吠え対策:
×首輪でショックを与える
⚪︎「静かにできた瞬間に報酬」を繰り返す - 恐怖反応:
×無理やり刺激にさらす
⚪︎ 脱感作(弱い刺激から慣らす)+拮抗条件付け(良い体験と結びつける)
4. なぜ重要か?
- 動物福祉の国際基準に合致
- 飼い主からの信頼を得やすい
- 長期的な行動改善に成功しやすい
- 罰ベースでは「副作用(恐怖・攻撃性増加)」が出やすいため
KPIと測定方法
- 潜時(CS→反応までの秒数):5秒→1秒に短縮が目標
- 条件反応の持続時間(例:唾液分泌秒数)
- 成功率(%):80%以上で条件反応安定
- 強度スコア(1–5):反応の鮮明さを段階評価
代替行動の形成
- CRF(毎回強化)で基礎形成
- VR(変動比率3〜5)で反応の持続を安定化
- マーカー信号(クリック音など)は1秒以内に提示
現場メモ
- 提示タイミングはスタッフ間で統一
- 記録表を用いて距離・時間・潜時を記録
- 実験的要素が強いため、飼い主にも「科学的学習」であることを説明
顧客説明のひと言
「犬は“ある合図=良いことが起きる”と覚える仕組みがあり、それが古典的条件付けです。」
ミニ事例
- Before:ベル音に反応なし。
- After:6回目のセッション後、ベル音のみで犬がフードを探す。潜時5秒→1秒に短縮。
章末まとめ
古典的条件付けは刺激と反応の連合学習であり、感情形成の基盤です。次章では恐怖や吠え改善といった実務的な応用を取り上げます。
現場での活用シナリオ

理論を知っていても「どこで使うのか」が曖昧では現場で役立ちません。古典的条件付けは恐怖反応の軽減や吠え改善など、多様なシーンで応用できます。
ここでは代表的なシナリオを2つ解説します。
実際のドッグトレーニングの現場でも活用しているものになるのでしっかりと学びましょう。
恐怖反応の軽減(脱感作)
重要ポイント
- 脱感作=刺激強度を小さく分けて慣らす方法
- 古典的条件付けと組み合わせると効果的
- CS(恐怖刺激の弱い提示)+UCS(フード)で快刺激連合を形成
- 例:花火音CDを小音量で流し、同時におやつを与える
実践手順
- 犬が反応しない強度(例:花火音20dB)から開始
- 音を3秒流し、直後に好物フードを与える
- 1セッション5回、1日2回
- 成功率80%で強度を+5dBずつ上げる
- 中断基準=ストレスサイン出現、または吠え発生
注意点
- 強度を急に上げない
- 犬のしきい値以下から開始する
- 攻撃行動が出る犬は獣医連携必須
ミニ事例
- Before:花火音70dBで吠え持続20秒
- After:脱感作+条件付け8週間で80dBでも吠え3回以下、潜時1秒
吠え行動の改善(拮抗条件付け)
重要ポイント
- 拮抗条件付け=不快刺激に対して快刺激を組み合わせる学習
- 来客(CS)+フード(UCS)=期待反応形成
- 吠えを「期待行動」で置換
実践手順
- 来客役が距離5mから登場
- 犬が吠えずに注視できた瞬間に好物を提示
- 1セッション3分、来客の接近を3回繰り返す
- 成功率80%で距離を5m→3m→1mに段階縮小
注意点
- 犬が吠え始めたら距離を戻す
- 報酬は来客出現と同時に与える
- 持続強化で基盤形成、変動比率で維持
ミニ事例
- Before:来客2mで吠え15回/分
- After:拮抗条件付け6週後、来客1mで吠え2回/分、期待行動に置換
実践手順と数値基準

古典的条件付けは「回数や時間が適切でなければ成立しない」学習です。ここでは現場で迷わないよう、距離・時間・回数などの具体基準を提示します。
重要ポイント
- CSはUCSの0.5〜1秒先行が基本
- 1セッション=10回前後が適切
- 所要時間:1セッション3分程度
- 頻度:1日2回、週3日以上
- 成功率80%で段階アップ、50%以下はリセット
- ストレスサインは即中止の合図
段階表(例:音刺激に対する条件付け)
| 距離 | 音量 | 回数 | 成功率基準 | 時間 |
|---|---|---|---|---|
| 10m | 20dB | 10回 | 80%以上 | 3分 |
| 6m | 30dB | 10回 | 80%以上 | 3分 |
| 3m | 40dB | 10回 | 80%以上 | 3分 |
| 1m | 50dB | 10回 | 80%以上 | 3分 |
注意点
- 急激に強度を上げない
- 成功率が下がったら1段階戻す
- 犬の健康状態(空腹度・体調)も影響するため調整必須
章末まとめ
実践は「数値基準を守る」ことで再現性が高まります。次章ではリスク管理とKPI設定を整理します。
注意点とリスク管理
古典的条件付けは強力な学習手法ですが、誤った適用は逆効果を招きます。本章では現場で守るべき注意点とリスク管理の方法を整理します。
重要ポイント
- LIMA原則(Least Intrusive, Minimally Aversive)の遵守
- しきい値以下でのトレーニングが必須
- 成功率80%で段階アップ、50%以下でリセット
- 打ち切り基準を事前に設定
- 犬のストレスサイン(あくび、耳伏せ、回避行動)に注意
- 攻撃行動が出る場合は専門家連携が必要
実践手順
- 犬の反応しない「安全距離」を設定(例:来客5m)
- そこで条件付けを開始
- 成功率80%を基準に距離を段階的に縮める(5m→3m→1m)
- 犬が吠え始めたら即座に距離を戻す
- ストレスサインが出た場合はセッションを中断し翌日に再開
注意点・リスク管理
- 訓練時間は短く(1回3〜5分)、長時間の刺激提示は避ける
- 報酬は十分な強度で、犬の関心が途切れないものを使用
- 脱感作や拮抗条件付けでは必ず「犬が耐えられる強度」で始める
- 中等度以上の攻撃兆候が出る場合は獣医師や行動診療科と連携する
章末まとめ
リスク管理は「進め方」以上に重要です。次章では、結果を可視化するためのKPI設定と測定法を紹介します。
KPIと評価方法
条件付けは「できた・できない」で評価すると曖昧になります。数値化してKPIを設定することで、再現性と改善精度が高まります。
重要ポイント
- KPI=行動や反応を測定可能な数値で表す指標
- 潜時:条件刺激→反応までの時間
- 回数/分:行動発生頻度
- 持続時間:反応が続く時間
- しきい値距離:犬が反応を示す最短距離
- 強度:1〜5段階で評価
実践手順
- 記録表を作成(例:距離、潜時、吠え回数)
- 毎セッションで数値を記録
- 週単位で推移を可視化
- 目標=潜時短縮、吠え回数減少、しきい値距離の縮小
注意点
- 数値は必ず同じ条件下で測定
- 記録は主観ではなく「秒数」「回数」で残す
- 複数スタッフで共有し、一貫性を担保
KPI表(例:来客に対する吠え改善)
| 指標 | Before | After(6週) |
|---|---|---|
| 吠え回数/分 | 15回 | 3回 |
| 潜時(秒) | 0.5秒 | 2秒 |
| しきい値距離 | 5m | 1m |
章末まとめ
KPIを設定すれば改善の度合いが明確になり、飼い主やスタッフ間で成果を共有しやすくなります。次章では、代替行動形成の実践に進みます。
代替行動の形成と強化スケジュール

古典的条件付けだけで終えると、犬は「感情が変わった」だけで行動が整理されないことがあります。ここでは代替行動を組み込み、強化スケジュールで持続させる方法を解説します。
重要ポイント
- 代替行動=望ましくない行動の代わりに強化する行動
- CRF(Continuous Reinforcement):毎回強化
- VR(Variable Ratio):ランダム間隔で強化、持続性向上
- マーカー遅延は1秒以内が理想
- 一貫した強化が学習定着の鍵
実践手順(例:来客時の吠え改善→お座りに置換)
- 来客が距離5mに現れる
- 犬が「お座り」をした瞬間に好物を与える
- 最初は毎回(CRF)で強化
- 1週間後からはVR2〜3(2〜3回に1回強化)へ移行
- 成功率80%を保ちながら、強化頻度を徐々に減らす
注意点
- 代替行動は犬にとって実行可能で簡単なものを選ぶ
- 強化スケジュール移行は早すぎない(最低1週間はCRF)
- 飼い主も含めて全員が同じ行動を強化する
章末まとめ
代替行動を明確にし、適切な強化スケジュールを組めば行動改善は持続します。次章では具体的な事例を見て理解を深めましょう。
事例紹介(Before/After)

理論や手順を理解しても、実際の変化を見ないとイメージが湧きません。ここでは実際の数値変化を伴う事例を紹介します。
事例1:来客に吠える犬
- Before:来客2mで吠え15回/分、しきい値5m
- After(8週):来客1mで吠え3回/分、しきい値0.5m、潜時2秒
このように段階的に改善していくことができます。
事例2:掃除機恐怖症
- Before:掃除機稼働音50dBで逃避行動、持続30秒
- After(6週):70dBでも逃避なし、フード探索行動に置換
事例3:分離不安の軽減
- Before:飼い主外出で遠吠え20回/分
- After(10週):外出3分以内では吠えゼロ、潜時5分以上で吠え始める
まとめ
- KPIに基づき改善度を数値化
- 脱感作+拮抗条件付け+代替行動強化が成功の要因
- 飼い主説明に「数値の変化」を提示すると納得度が高い
章末まとめ
実際の数値変化を見ると、古典的条件付けの効果が明確になります。最終章では学習のまとめと今後のステップを提示します。
まとめと次の学習ステップ
古典的条件付けの理論と実践を学んだ今、現場での活用に移す準備が整いました。本章では要点を整理し、次のステップにつなげます。
重要ポイント
- 古典的条件付けは「感情学習」の基盤
- 脱感作や拮抗条件付けに応用可能
- KPIで可視化し、代替行動で持続性を確保
- リスク管理(しきい値・中断基準)は必須
- 飼い主説明はシンプルに「合図=良いこと」で伝える
次のステップ
- 現場で1ケース選び、記録表をつけながら実践
- 成功率80%を基準に段階アップ
- 攻撃行動などリスクが高い場合は必ず専門家と連携
- 応用としてオペラント条件付けとの統合を学ぶ